Copyright © KAYA KATO. all rights reserved

  • Black Facebook Icon
  • Black Instagram Icon

follow me

父の詫び状(向田邦子)

December 1, 2017

鶴瀬という街に住んでいたことがある。

3歳までのことでほとんど記憶はないのだけれど、道の曲がりくねった商店街に豆腐屋があったことは覚えている。

3歳で引っ越したのは同じ町内にある隣駅のマンションで、はす向かいに精肉店があったような気がする。

 

そのあと大人になってから住んだ街で、個人商店で買い物をするということはあまりなかった。

今は、これでもかというくらいに商店街のにぎやかな街に住んでいるので、専門店で買い物をするようにしている。

鮮度が良いものね。

豆腐は豆腐屋。肉は肉屋、魚は魚屋、和菓子は和菓子屋で。

 

いつも元気で商売上手な魚屋のママ、気分なのか作った時間でなのか、いつもお菓子の値段を変える和菓子屋のマスター、陶器屋さんを切り盛りする親子、海苔についてとても詳しいお茶屋さん、忙しく動き回っている花屋の青年

 

個人商店で買い物をすると、色々な人と、一言二言会話をする。

今までの人生になかったことだと、ふと気が付く。

専門店で、専門的なことを聞きながら買い物をするのが楽しい。

 

「専門性」について、考える。

店構えがデパートなのに、品ぞろえや値段がスーパーマーケット様ではちぐはぐになる。

いろいろなニーズがあって、いろいろなお店がある。

 

 

鶴瀬には図書館があって、隣町に引っ越したあともたまに足を延ばした。

小さな町の図書館で、中学生の頃には向田邦子のエッセイをよく借りて読んでいた。

「父の詫び状」「女の人差し指」をよく読んだ。戦前の日本の家庭のあれこれについて、想像をめぐらせながら。

体験したわけではないのに、めくるめくノスタルジア。

そして今憶える、ノスタルジアを感じていたあの頃へのノスタルジア。

 

3歳で引っ越した先はマンションで、地面はレンガ色のようなアスファルトに覆われていてた。

身長は100cmくらいだったのだろうか、地面が顔に近かったからか、その色を認識した時のことを覚えている。

熱を出した私を自転車に乗せた母が「この辺に小児科はありますか」と、知り合いなのか通りすがりだったのか、子連れの女性に訪ねている姿も記憶にある。

 

記憶がありすぎるのは、時に面倒だったから

物憶えの悪くなった最近では、脳も休んで喜んでいるという気がする。

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

特集記事

I'm busy working on my blog posts. Watch this space!

Please reload

最新記事

January 31, 2019

January 30, 2019

November 7, 2018

August 29, 2018

August 19, 2018

Please reload

アーカイブ
Please reload

タグから検索
Please reload

ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square